ここ数ヶ月でこのテーマに関して論文を頻繁に見掛けるし、論文の読み方を練習する上で良い題材になりうるので取り上げてみようと思います。
試しにUpToDateで"role of anticholinergic therapy in COPD"を見てみると、"Conflicting findings have been reported in multiple studies"なんて書いてあります。もともと、Anticholinergic agents (SpirivaとかAtroventという商品名の吸入薬です)は非常に安全だと思われていたのですが、昨年になって(特に心疾患系の)死亡率を上昇を示唆する論文が続けて発表されています。臨床医または患者の立場からするとこれほど困ることもないですね。安全なのか、そうでないのか・・・。
もともとanticholinergicは水溶性ですし、血圧や心拍数に対する影響もほとんど無いので非常に安全だと考えられてきました。ところが、90年代に行われた5年間の月日と6000人近い被験者を費やし、Anticholinergicとplaceboを比較したLung Health Studyが思いがけずAnticholinergic群で心血管系の死亡率の上昇を示したのです。全く予期されていない結果でした。大規模な試験だったのでそうした稀な副作用が検出されたのかもしれません。そこで試験を精査する委員会が組織されたのですが、その結果は「統計学的に有意な結果ではないし、dose effect(投与量の増加に伴って副作用の危険性が上昇すること)も見られない」、要するに「シロ」でした。心血管系死亡率の上昇傾向については、complianceの影響も示唆されています。(Am J Respir Crit Care Med. 2002 Aug 1;166(3):333-9.)
ところが2008年に入ってAntichoinergicの危険性を示唆する論文が相次ぎます。(Ann Intern Med. 2008 Sep 16;149(6):380-90.、Int J Chron Obstruct Pulmon Dis. 2008;3(1):163-9) これらの研究はいわゆるobservational study(観察研究)です。こうした研究においては、交絡因子(confounding factor)を適切に取り扱うことが非常に重要になります。ですが、これらの研究においてはいくつかの重要なリスクファクター(喫煙、COPDの重症度など)が調べられていませんでした。
そして、Antichoinergicの危険性を示唆するメタアナラシスが行われます。(JAMA.2008; 300: 1439-1450.)全部で17の試験(参加した被験者は合計15000人近くにも及びます)の結果を総合して、anticholinergicは心血管系死亡率、心筋梗塞、脳梗塞の危険性を高める、という結論を下しています。(ほとんどの研究が「更なる研究を要する」で締めくくるのと比べると、このきっぱりとした断言はある意味すがすがしいです。)
しかしながらこのメタアナラシスにもいくつかの問題点があります。被験者(そして心疾患系の死亡)の大半が前述のLung Health Studyからのものであること。それ以外の試験は多くが小規模で期間も短いことなどです。また、心血管系の死亡が見られなかった試験の内いくつかが含まれていないようです。
そしてその直後に4年間をかけたUPLIFT(The Understanding Potential Long-Term Impacts on Function with Tiotropium)試験の結果が発表されます。(N Engl J Med. 2008 Oct 9;359(15):1543-54)これは4年間6000人近い被験者を追跡した非常によく計画された比較対照試験です。調べられたanticholinergicはtiotropium。統計解析もきちんとなされています。(このレベルの解析が出来るようになりたいものです。)その結果は「シロ」。むしろtiotroipum群が死亡率が低い傾向さえみられます。
ざっと見てきましたが、印象はいかがでしょうか。5本の論文の内、4本が死亡率の上昇を示唆、2本は観察研究、1本は比較対照研究(ただしその結果は疑問符付き)、1本はメタアナラシスです。残りの一本は死亡率の上昇を否定した比較対照研究。多数決でいくと死亡率が上昇する方に軍配を挙げたくなります。ですが、それぞれの論文を詳しく読んでいくと、研究の質として最も優れているのは死亡率の上昇を否定した比較対照研究だということが分かってきます。メタアナラシスもUPLIFT試験を含めると結果が変わってくるかもしれません。(上述のメタアナラシスの研究者達が、何故数ヶ月待ってUPLIFT試験も解析に含めようとしなかったのかは定かではありません。Dr. Furbergだから?www)
今臨床研究の方法論や統計学を勉強していますが、すればするほど「完璧」な研究などない、ということが分かってきます。論文を読むときも以前は何となく流し読みしていましたが、批判的に読むことで理解を一段と深めることが出来るようになった気がします。
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